チョコレート博物館を訪ねて 陝西省西安市

新華社西安7月21日】中国陝西省西安市の大唐不夜城では、チョコレート博物館が多くの観光客を引き付けている。敷地面積は約1万平方メートルで、周、秦、漢、唐をテーマにした四つの展示ホールにチョコレートで作られた精巧な芸術作品100点以上を陳列している。

18日、チョコレート製の模型「長安輿図」。(西安新華社記者/梁愛平)

18日、チョコレート製の「杜虎符」。(西安新華社記者/梁愛平)

18日、チョコレート製の「三彩載楽駱駝俑」。(西安新華社記者/梁愛平)

18日、チョコレート製の「西安鐘楼」を見る来館者。(西安新華社記者/梁愛平)

18日、チョコレート製の「何尊」。(西安新華社記者/梁愛平)

「陝西の人々が珍しい茶色パンダの出国を阻止」ネットで拡散、パンダ研究センター「偽り」―中国

中国北西部の陝西省にある秦嶺ジャイアントパンダ研究センターは16日、パンダの「七仔(チーザイ)」の出国を陝西の人々が阻止するとの情報がネット上で拡散したことについて声明を発表した。

チーザイは、一般的なパンダの体毛の黒い部分が茶色い雄のパンダ。

 

声明は、チーザイについて「ずっと同センター内で暮らしていて、専門スタッフによる心がこもった世話と科学的な飼育管理を受けている。これまでのところ、いかなる国際協力・交流プロジェクトにも参加したことはない」とし、ネット上で拡散した「陝西の人々がチーザイの出国を阻止」という状況に至っては存在すらしないと否定した。

 

声明は、ネット利用者に対し、情報の信ぴょう性と正確性に留意し、虚偽の情報を拡散しないよう呼び掛けた。

 

中国メディアによると、中国のパンダは、四川のパンダと秦嶺のパンダに分かれる。四川のパンダはより熊に似ているのに対し、秦嶺のパンダはより猫に似ている。秦嶺のパンダの中には、チーザイのような茶色の特殊な個体がよく現れる。秦嶺地区ではこれまでに野生の茶色パンダの姿が11回確認されている。(翻訳・編集/柳川)

メーデー連休でハイキングやキャンプに再び脚光、古代建築ツアーや博物館ツアーも人気―中国

中国のオンライン旅行プラットフォームが発表した報告書によると、今年のメーデー連休は、自然の景勝地がその行き先の筆頭となっています。ハイキングやサイクリング、キャンプなどのアウトドアの魅力が再認識され、また旅行写真や博物館ツアー、文化ツアーなど、ディープな体験ができる楽しみ方が観光客に人気を集めています。

 

中国のオンライン旅行プラットフォームが発表した報告書によると、今年のメーデー連休は、自然の景勝地がその行き先の筆頭となっています。ハイキングやサイクリング、キャンプなどのアウトドアの魅力が再認識され、また旅行写真や博物館ツアー、文化ツアーなど、ディープな体験ができる楽しみ方が観光客に人気を集めています。

 

晩春から初夏は、アウトドアに最も適した季節で、ハイキングや登山、ダイビング、サイクリング、キャンプなどのアウトドアスポーツに再び注目が集まっています。中国の旅行サイト「馬蜂窩(マーフォンウォー)」のデータによると、ハイキングや登山の人気は300パーセント上昇しています。中でも東部の山東省は、ハイキングや登山、各種マリンスポーツを同時に楽しめることから、メーデー連休のアウトドア旅行で最も人気の省となっています。

 

また、博物館ツアーや文化ツアーの人気も好調を維持しています。現地のガイドの案内や説明を聞きながら、古代遺跡や古代の人々と対話するような体験ができるディープな文化観光を好む観光客が増えています。中国のオンライン旅行会社最大手「シートリップ」のレポートによると、メーデー連休期間中の古代建築物ツアーや博物館ツアーを含む文化ツアーのガイドの予約数は前年比で20%近く増加しました。

 

中国のオンライン旅行プラットフォームが発表した報告書によると、今年のメーデー連休は、自然の景勝地がその行き先の筆頭となっています。ハイキングやサイクリング、キャンプなどのアウトドアの魅力が再認識され、また旅行写真や博物館ツアー、文化ツアーなど、ディープな体験ができる楽しみ方が観光客に人気を集めています。

 

晩春から初夏は、アウトドアに最も適した季節で、ハイキングや登山、ダイビング、サイクリング、キャンプなどのアウトドアスポーツに再び注目が集まっています。中国の旅行サイト「馬蜂窩(マーフォンウォー)」のデータによると、ハイキングや登山の人気は300パーセント上昇しています。中でも東部の山東省は、ハイキングや登山、各種マリンスポーツを同時に楽しめることから、メーデー連休のアウトドア旅行で最も人気の省となっています。

 

また、博物館ツアーや文化ツアーの人気も好調を維持しています。現地のガイドの案内や説明を聞きながら、古代遺跡や古代の人々と対話するような体験ができるディープな文化観光を好む観光客が増えています。中国のオンライン旅行会社最大手「シートリップ」のレポートによると、メーデー連休期間中の古代建築物ツアーや博物館ツアーを含む文化ツアーのガイドの予約数は前年比で20%近く増加しました。

 

旅行サイト「途牛旅遊網」のデータでも、故宮博物院や中国国家博物館(共に北京市)、南京博物院(東部の江蘇省南京市)、蘇州博物館(同省蘇州市)、揚州中国大運河博物館(同省揚州市)などは、個人手配旅行やドライブ客に人気のスポットとなっています。
メーデー連休中のシートリップの現地ガイドの予約状況を見ると、博物館見学関連の観光プランの予約件数が前年比14%増加しており、陝西歴史博物館、北京国家博物館、三星堆博物館(南西部の四川省広漢市)、洛陽博物館(中部の河南省洛陽市)、湖北省博物館(中部の湖北省武漢市)が特に人気となっています。中でも、三星堆博物館のメーデー連休中の入館予約件数は前年比で約3割増加しました。また、古代建築物見学関連の観光プランの予約件数も前年比27%増加しており、秦始皇帝陵博物院(北西部の陝西省西安市)、故宮博物院、恭王府(北京市)、雲岡石窟(中部・華北地域の山西省大同市)、平遥古城(同省晋中市平遥県)が人気だということです。

見頃を迎えた牡丹の花 河南省洛陽

河南省洛陽市では、牡丹の花が次々と開花し、見ごろを迎えている。開花期間は約1ヶ月ほどにわたるとみられている。古くは「神都」や「洛邑」と呼ばれた洛陽市は、4千年以上の歴史を誇る中国でも有名な歴史・文化都市。中国原産の牡丹は、その大きな花びらと魅惑的な色により、「花の王」と讃えられている。洛陽の牡丹は、赤や白、ピンク、黄など9色の花色と10種類の花の形、1400種以上の品種がある。

唐代名門一族の石槨壁画墓を発見 中国陝西省西安市

新華社西安2月27日】中国陝西省西安市でこのほど、唐代の名門一族出身者を埋葬した石槨(せっかく)壁画墓が出土した。被葬者は薛柔順(せつ・じゅうじゅん)といい、河東郡(現在の山西省南部)の名門一族、河東薛氏の出身で高級官僚、駙馬(ふば、皇女の婿)だった薛儆(せつ・けい)の娘。墓は深刻な盗掘被害を受けていたが、石槨と動物俑(よう)70点余りが残っており、墓道と墓室に壁画も見つかった。

西安で発見された盛唐のお墓 石棺に精巧な壁画

陝西省考古研究院は2日、同院が2023年の考古学調査で発見した西安唐薛柔順石椁壁画墓は、身分の高い人を埋葬する長安地区の伝統的な埋葬地以外で発見された最も精巧で美しい盛唐時代のお墓の一つであり、同時代の身分の高い人の埋葬地の分布を研究する上で重要な意義があると明らかにしました。

墓室の西側で発見された石槨(ひつぎを覆う石造りの外棺)は壁板と傾いた柱から成っており、板壁の外側には門、窓、巻き雲、神獣が彫られています。本体の内側には主に侍女が描かれ、周囲には草花などが飾られています。柱の内と外はいずれも絡み合った枝や巻いた草が彫られており、一部には鳥や動物がちりばめられています。線は彫りが細かく、画面は華やかながら冗長ではなく、人物の体つきはふっくらしてはいるものの太ってはいません。盛唐の開元年代(713~741年)に見られる柔軟性のある図案、想像力に富んだ特徴を十分に体現しているとされています。

墓室の東側の壁は楽舞図で、北側の壁の西は玄武図、西側の壁は6組の草花です。南側の壁は朱雀で、翼を広げて飛び立とうとしています。壁画は充実したレイアウトと真に迫った画面から、墓主の生前の生活がある程度反映されており、墓主の優雅な趣が伺えます。
 墓誌から、墓主は薛柔順で、幼い頃に両親を相次いで亡くし、一度は出家したが、開元29年に男の子を出産後、急病で、わずか29歳で亡くなったことが分かります。
 今回出土したこの石棺は保存状態がよく、彫られている壁画の力強さと明快さは近年まれに見るものです。また壁画の内容は豊富であり、構図もコンパクトで合理的で、画面が生き生きとしており、盛唐時代の墓壁画を代表するものです。さらに、墓誌の内容が豊富で、河東薛氏の分家である薛儆と皇室との関係を研究する上で重要な意義があるとされています。(朱、坂下)

漢代長安の道路遺跡が発見される 文献記載の「函古道」か

陝西省考古研究院は28日、「2023年4月から12月にかけて、西安市の東郊外で務荘道路遺跡、謝王荘道路遺跡、東方紅遺跡の3カ所の道路遺跡が発見された。これは、漢代における長安郊外の道路交通を研究する上で重要な資料となった。発見された道路のうち1本は、文献に記載された『函古道』である可能性がある」と発表しました。

 

 3カ所の遺構のうち、謝王荘道路遺跡は灞河の東、漢代の長安の宣平門から約12.5キロ離れた位置にあります。ここでは5本の道路が発見されました。この遺跡は上下2層に分かれ、最も幅が広い部分は約55メートルで、約40本のわだちが見え、軌間は約1.2メートルあります。出土した瓦や軌間の分析に基づいて、漢代のものであることが分かりました。この謝王荘道路遺跡は現在、灞河の東で発見されている中でも最大規模の道路遺跡で、長安と関外を結ぶ幹線道路文献に記載された『函古道』である可能性が高いとみられています。

 

 務荘道路遺跡も灞河の東にあり、灞河からは3.4キロ離れています。こちらも上下2層に分かれており、上層が唐代の道路で、下層が漢代の道路となっています。務荘道路は謝王荘道路と平行に延びており、謝王荘道路の南東部にありますが、その北西の支線は謝王荘道路とつながっていた可能性があり、漢代の長安から東に出る幹線道路の支線だったのではないかということです。(張、謙)