光陵(唐穆宗李恒の墓)

唐穆宗李恒光陵
李恒(795−824)は憲宗の第三子で母は懿安皇太后郭氏。宦官によって擁立され、穆宗と称したが、穆宗の生活が乱れていたために、政治は腐敗し、権力闘争が激しくなって行った。824年、中毒で30歳で亡くなり、光陵に葬られた。光陵は蒲城県西北10キロの翔村郷光陵村にあり、石人8対、石馬3対、石獅子1対、石碑、華表が残っているが保存状態は悪い。
住所:蒲城県西北10キロの翔村郷光陵村
開放時間: 24時間 入場料:0元(無料) 普通観光所要時間:約40分間