長安の宮女 ふっくら

シルクロード


 唐代創建の大雁塔から西安市街を望む。シルクロードの発着点として栄えた古都は、高層ビルに囲まれていた
 第66回正倉院展が24日に開幕する。15年ぶりに公開される「鳥毛立女屏風とりげりつじょのびょうぶ」は、幾多の宝物の中でも白眉の名品だ。樹下にふくよかな美女を配した意匠はどこからもたらされたのか。天平美人の面影を求め、中国と中央アジアを訪ねた。
 鳥毛立女屏風(第4扇)
 ふっくらとした頬、紅を染めた小さな唇。流麗なショールをまとった等身大の女人の群像が、色鮮やかに迫る。
 唐の都・長安があった西安の中心部、陝西せんせい歴史博物館の地下画廊で、唐代の陵墓で出土した100枚もの壁画群を見た。
 総延長800メートル。イタリア政府の技術協力で採光や空調を整え、3年前に公開された。

 来世の安寧を願い、壁画には輝かしい宮廷の日々が描かれた。宮女のほお紅は匂い立つように鮮明だ。西域伝来のワイングラスを手にする美女もいる。
 丸顔の侍女が樹下に憩う絵図もあった。それは鳥毛立女屏風とそっくりのデザインだった。

 今年6月、世界遺産に登録されたシルクロード。発着点・長安の人口は唐代、100万人を数えた。外国人は数万人もいたとされ、ペルシャ人、東西交易の主役だったソグド人、日本の遣唐使も行き交った。

 多民族を受容した自由闊達かったつな空気と相まって、女性は開放的に、おしゃれになった。彩り豊かなシルク、遊牧民発祥のパンツスタイル。男装して馬に乗るのも流行したらしい。

 博物館員の王建岐さん(56)によると、それまでの細面・柳腰の美人観が唐代に変わったという。「国が富み、裕福の象徴として、ぽっちゃりした姿が好まれるようになったのです」。楊貴妃も豊満の美女と伝わる。

 長安から、ファッションは東にももたらされた。鳥毛立女屏風は日本製だが、モチーフは唐の美人像に違いない。

 奈良・平城京で、聖武天皇はこの屏風をそばに、遠く大唐の栄華を思ったのだろう。

 同時代の唐の華やぎを映す伝承がある。

 中宗の娘、安楽公主あんらくこうしゅが、百種もの鳥の羽毛で織ったスカートを着たところ、貴女の間で大流行。鳥が乱獲され、着用が禁止されるほどだった――。

 鳥毛立女屏風もかつて羽毛で彩られていた。茶褐色のヤマドリの毛がわずかに残っている。

 西安のシルク製品店に、范燕燕さん(36)を訪ねた。敦煌壁画の模写で伝統絵画の技法を習得し、シルクロードを扱う女性デザイナー。鳥毛立女屏風の写真を見せると「美大生の時に学びました」と目を輝かせた。

 屏風から失われた羽毛はどんな色彩だったのか。「カワセミのような緑じゃないかしら。宮女図は緑の色遣いが多いから」

 鮮やかな緑をまとった樹下美人を想像してみる。その美は時空を超えて輝きを放つ。