馬援墓

馬援(前14−49)扶風県
馬援墓は扶風県の西部の伏波村にある。墓は土を盛って作られていて、高さ10m、直径は10mの円錐形をしている。墓の前には「漢伏波将軍墓」の碑がある。馬援は字は文淵。扶風県茂陵の人。新王莽の末年に新城大伊となったが、王莽の死ぬと隴西の隗囂の元に身を寄せていたが、やがて劉秀に帰属して隗囂を攻めた。建武十七年に伏波将軍となり、新息侯に封ぜられた。武陵五渓の反乱平定に進撃中に軍中で病死した。
住所:扶風県の西部の伏波村 電話:
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